荒野の蝶
このひとはこんなに寂しがりだったのだと、改めて気づく。
三連休、恋人の引越しを手伝った。
大学の職員住宅なので、裏や隣やが恩師たちだったりする落ち着かないロケーションではあるが、先輩職員たちに家具やら食器やら家電やらを貰ったりと、便利ではある。近くがみんな知り合いなので、何かあったときに安心だ。
六畳一間の下宿から二階建て一軒家に引っ越した彼は、なんだか落ち着かない様子。不安な子供みたいに、何度も確かめるように私に触れる。広すぎる家で、所在無いらしい。
結局、新居一日目は私も泊り込むことにした。
彼のあからさまにほっとした様に、少し驚いた。
例えば、私が引越しをしたら、一日目は自分一人でゆっくり楽しみたいと思う。自分が望んだまっさらに新しい部屋で、ゆっくりと自分の時間を過ごしたいと思う。
けれど、彼はそうではないのだ。
週末はいつも、彼が私の家にやってくる。私が彼の家に行くのは年に数回で、しかも、泊まったりすることは無い。
彼が帰ると、私は切り替えの早い女の典型で、さっさと家事や趣味の時間にしてしまう。平行して、彼はその時間をどう過ごしているのだろう。
そんなことに、今更ながら思い当たる。
私は、一人がまったく苦にならない類の人間だ。むしろ、一人の時間が無いとストレスになる。
私のそのエゴを尊重し、私が一人で過ごせる時間を増やすために彼は、自分の寂しさを抑えて、日曜の午後は早々に帰っていく。それは、私を大切にしてくれている彼の、思い遣りによるものだ。
私がしたどんなに些細なことにも、彼はとても感謝をしてくれる。
7年という長い年月を過ごしながら、その分きちんと愛情と理解を深めてくれている。その努力を、怠らずにいてくれる。
私はそれに見合うだけの努力をしているだろうか。
与えられたものをただ漫然と受け取るような、怠惰な人間にはなりたくないと思っていたはずなのに。
傲慢さで鈍化してしまわないように、彼のいろいろなものをもっと大事にしよう。
あれは、私が自分から愛した男だ。
そのことを、自分で忘れてしまわないようにしよう。