つづくみち


 2月半ばにオフィスが移転して、前後は慌しい生活を送っていたが、ようやく落ち着いてきた。新しいオフィスにも通勤ルートにも慣れてきて、新しさを楽しめるようになってきた。大阪の中心地なので、ランチにデパ地下めぐりをしてあちこちのお弁当を食べ比べてみたり、あるいは自分で手製の弁当を持って行ったり。そのくらいの余裕は出てきた。

 気がつけば、春だ。
 この週末は、街中の梅の花が咲き揃い、辺りに匂っている。

 街の市場に行ってみると、とりどりの野菜と果物と花々。この二ヶ月ほどは自炊する余裕が無かったが、その活力に触発されて料理を再開してみた。ゆえに、お弁当は旬の野菜がメインのヘルシー路線。自分でふきのとう味噌を作ってみたり。



 オフィスの引越しで土日出勤した代休を、先週の木曜日に取った。
 恋人と休みを合わせて、珍しく平日デート。天気も良いので、思いついて奈良県の御所市に行ってみた。

 これといって前知識は無かったが、ただ古い町並みや上古の伝説が残った「葛城の道」というのを、以前何かで耳にした。

 ローカル電車で早春の景色を眺めながらのんびり揺られ、これまた小さな田舎の駅舎に降り立つ。駅前で案内地図を貰い、山手へ向かうなだらかな坂道をのんびり散策する。
 この街は、葛城山の麓町。私は、この辺りから見る葛城山が大変好きで、この山容が人格化したら理想の男性像だろうと日頃から思っている(が誰にも理解されない)。

 暖かい日差しの中、地図を片手に川沿いや畦道を抜け、室町時代から信仰されているという六地蔵の前で手を合わせ、ロープウェイ乗り場に。これで一気に山頂に行ける。
 ちょうど出発するところだったのを捕まえて、乗り込む。景色がどんどん上昇し、里がジオラマのように小さくなるのを、ガイドを聞きながら歓声を上げて眺める。
 5分ほどで山頂駅に着き、早速山の社に出くわす。この山は、信仰の山だ。かつては神域だった土地だ。まず参り、歩き出す。今では、登山ルートとして多くの人々が訪れる。
 1000mの高地にもかかわらず散策仕様の軽装だったため、少々心配していたのだが、山頂付近はススキ野原の広がるちょっとした高原地帯で、緑地公園くらいの感覚だ。山小屋やロッジが近い距離に建っている。
 山小屋で、名物と言う鴨丼を注文し、下界を見下ろすデッキで食す。
 快晴で、日差しは暖かく、人はほとんどなく、静かで、吹き上げる風は緩やかで、鳥たちが囀り、ちょっとない楽園だ。鴨丼も、地鶏の卵と山の芋と地元の鴨を使った、シンプルながら非常に美味しいもの。嬉しくなるような休日だ。
 空腹を満たし、山頂地点ではパノラマの景色を楽しみ、大阪・奈良・遥か大峯までを見回しては駆け回ったりススキ野原で転げまわったり。子供のように遊んで、汗をかいたからとロッジの風呂に入り、さっぱりしたところで下山。

 葛城の道に戻り、先ほど見下ろしていた景色の中を歩く。
 ここは、人の営みの土地だ。

 古い古い街道の標識や古刹を過ぎ、古事記日本書紀の舞台を歩く。あちらこちらに残る伝説は、当時の人々が何を見て生まれたものなのだろうと想像しながら、夕方までぶらぶらと。
 のどかな景色に、穏やかで人懐こい人々。
 ここに在るある神社に惚れ込み、いつかこの街に住んでみたいと思ったことがあったが、やはりその想いを強くした。この土地は、歴史の厚みのバランスが非常に良い。圧倒的な来し方が、その分まだ多く残っている。


 都会に浸かりきった生活から、少し抜けることが出来るようになった。
 週末はこうして過ごし、暮らし方を立て直そう。