希望的錯覚

 おやしらずを抜いた。

 切って削って割って抜いて縫ったらしいが、見えなかったのでよくわからない。ともあれ、一時間半に及ぶ大手術。(←大袈裟)
 しかしまぁ、緊張のあまり直前まで蒼褪めていたわりには、強力な麻酔のおかげで口を開けているだけですべてが終わった。

 行くまでが大変なんだ、ああいうのは。
 同僚どもが手を変え品を変えて嬉しそうに脅かすのもいけない。誰に聞いても痛いとしか言われないのもいけない。つーか、おやしらずが生えるのがいけない。

 そんなことを脳内でぐるぐる考えつつオフィスから歯科医院までのほんの三分の道程を俯いてとぼとぼ歩いていたら、すれ違う人たちが心配げに振り返っていた。イヤ、仕事に失敗して会社に大損害を与えたわけでも男に振られたわけでもなく、おやしらずを抜くだけなんですケド私。


 しかし、麻酔もすっかり切れ、右顎の痺れも解消されてきたと思ったら、なんだか痛い気が…。
 イヤ、違う違う。
 気がついちゃいけないコトだってこの世にはたくさんあるのだ。




 潜在意識にわだかまるストレスのためか単なる体質かわからないが、夢見が悪い。幼少の頃からそうだ。

 ここ数日のトレンドは、私が寝ているロフトに這い上がってくる複数の明確な形を成さない気配と、それらから逃れようとする際に陥るいわゆる金縛り。身動ぎしたいのに、それすらもままならない。

 実際に何かが這い上がってきていることなどは(たぶん)無く、眠っている間に耳が拾う家鳴りや風雨の音が何かの動く気配に変換されているだけなのだが、眠っている状態でも結構な緊張を強いられるので疲れが取れない。あるいは、余計に疲れる。


 なんかこう、悪夢に効く薬ってないだろうか。
 夢を見なくなるのではなく、悪夢を見なくなる薬。できれば、いい夢を見られるようコントロールできる薬。

 昔は、夢が有効な情報源とみなされていた。そこで見たものが告げることに、人は真剣に向き合っていた。
 もしかしたら、当時の人と今の人とでは、夢の質というか、その源が違ったりするのかもしれないなんて思う。

 とにかく、いくつかの占いや心理学的判断にどの程度の信憑性があるかわからないしあまり興味が無いのだが、こういう夢見の悪さで疲労を覚えるのは睡眠として本末転倒じゃないかと思う。
 ので、なんとかしたいのだが。


 上手く眠れない私を寝かしつけるとき、「お休み、良い夢を。」という人が居た。
 そう言われて安眠できたということは無かったけれど、眠っている間の私にまで心を配ってくれているようで、嬉しかった。


 そういうのでいいんだけど。