水底の楽土
昨日処方を変えてもらった薬が、功を奏したらしい。今日は、小康状態を保っている。このまま出勤してまた酷くなったりしないよう、今日は丸々休みを取った。これで治してしまおう。
時折出る発作のような咳を宥めすかしながら、いつも出社している時間まで横になる。急に動いたりせずに大人しくしていれば、ずいぶん楽に過ごせるようになった。
その上、久しぶりの晴天。しかも、真夏日だ。
身体に障るので冷房はつけられないが、たまには汗をかくほうがいい。このところ万年床と化していた布団を干して、洗濯をする。
健康でない自分に慣れるのが、実は一番怖い。こんな病人生活は、今日で終わり。明日からは、普通に生活できるようになっているはずだ。
時間を持て余して、国内外の児童文学を中心に、いくつか本を読んだ。
『指輪物語』も、久しぶりに読み返す。平行して、DVDを観たり。なんだか、こういう「物語」の世界も、ずいぶん遠いものだったように思う。かつては、物語そのものの中にいるかのような気分で暮らしていたのだが。
良くも悪くも、私の世界はより現実に寄り添うものとなったのだと思う。
一番大きな違いは、夜の長さだ。
かつて、静かに風を感じたり耳を澄ませた夜も、今はただ眠るためのものでしかなく、宵闇の中を歩いたり目を凝らしたりすることも無くなった。今の私の一日には、何者かを為すための明白な時間しかない。
夜が降りてくると、地上は静かな楽園のように思えた。
そこで私は、淡い光の中、多くの美しいものを見、美しい音を聞いた。