午後の曳航

 朝から真夏日

 昨夜珍しく酒を飲んで遅く帰ってきたため、惰眠を貪ってやろうと思っていたのだが、あまりの暑さに断念。喘息が全快しているとは言いがたいのでクーラーもつけられず、仕方なく起き出してシャワーを浴びた。汗を流すと、少し涼しくなる。

 予報では明日は雨になるらしいのだが、今日のこの快晴が、どうやったら一日で崩れるのだろう。洗ったシーツを干しながら思う。けれど、暑さを払うように絶え間なく吹く風が、上空では雲を呼び寄せているのかもしれない。




 昨夜は、同僚と観劇。三島由紀夫の『近代能楽集』の中から「卒塔婆小町」「弱法師」。蜷川幸雄の演出だ。

 老女小町を演じるのは、ベテラン俳優の壌晴彦。
 歌舞伎のような、様式的表現に則った演技。舞台上に出てくるアベックも貴婦人も、みんな男。鬱蒼と茂る椿が、血塗れた首のような赤い花を絶え間なく落とす、少々グロテスクな世界。
 猥雑さ・俗悪さの中で説かれ見出される、真の美。呪のような、百年毎の恋。諦観の中に、幻のように浮かぶ過去の栄華。果たせなかった想いと、静かな悟り。
 椿の花の落ちる音が、一瞬止む。その瞬間こそが、真実であるかのように。
 やがて再び世俗の時間が流れ出す。悲恋の物語だった。

 弱法師は、主役の俊徳を藤原竜也が演じる。家庭裁判所で、戦争で失明した美貌の俊徳を、養い親と実の親が取り合う。俊徳は、見えないことで構築した独特の世界を展開する。
 藤原竜也は、三島の注文どおり誰もが認める美青年であり、身体も声もさすがよく訓練された役者として成熟している。調停員役級子役の夏木マリも、舞台上でもたいそう美しくかった。しかし、前に上演された卒塔婆小町に比べると、美しい人々が立つ舞台にもかかわらず、ずいぶん俗悪な感じがする。
 最後の瞬間。崩壊する舞台背景の中、俊徳は一人取り残される。芝居という装置の中からすら、裸にされるのである。
 音響効果として、盛んに何事か叫ぶ男の声と野次。あれはおそらく、市ヶ谷での三島の演説だ。自決直前の、最期の声。
 俗悪に悪趣味に終わった舞台だった。三島的なアイロニーの表現だろうか。



 観劇後、難波に出て食事にする。空腹のあまり、まともな判断が出来ない妙なテンションだったが、食べ物にありついた瞬間平常心を取り戻す。
 身も心も人心地ついて、あれこれ話しだす。たまには、と私もアルコールを口にする。酒が入ると、いつもより少しだけ陽気になる。
 大阪女独特の気味のいいテンポで、仕事の話や男の話や今度計画している小旅行の話をする。合間に私はケラケラ笑う。久しぶりに楽しい酒だ。
 やっぱ一緒に飲むなら女だな。

 とは言うものの、慣れないアルコールがまだ抜け切っていないような感じ。
 今日はこのまま大人しくしていよう。
 暑いし。