六根清浄


 忙しいせいか季節のせいかはたまた自覚せずにストレスを抱えでもしているのか、食欲がわかずほぼ菜食の一週間。
 といっても、特に困ることは無い。好き嫌い大魔王だったの十代はほぼこれで通していた。そもそも、動物性たんぱく質を摂取すし過ぎると疲れてしまうタチなので、ここ数日はむしろ身体が軽くて好調なくらいだ。


 菜食になると、嗅覚が鋭くなる。僧籍の連中も精進中に同じことを言っていたので、私に限ったことでは無いだろう。
 また、全体的に感覚が鋭くなるためか、気に障ることも増える(ダメじゃん)。とはいうものの、腹が立つまでには至らない。違和感を感じることが多くなる程度。おそらく、普段見過ごしていたことが気に止まるのだろう。しかし、概ね穏やかだ。


 現代人は食べすぎなんじゃないだろうか。
 宮沢賢治がいうように、「一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ」で、充分なんじゃないのだろうか、実際は(つーか玄米四合も食えねぇ)。
 それ以上は、たぶん口の奢りだ。身体が必要としているわけではない。

 「腹いっぱい食う」という動物的で原始的な欲望が、おそらく何十万年も経った今の世界を歪めている。そして、それゆえひとは鈍くなり、動物的な調整力を、環境とのバランスを取る本能を喪失していったのかもしれない。
 とか、漠然と人類を悲観してみる。



 嗅覚と聴覚が鋭くなり動体視力がよくなり、今日のこの晴れた日曜日は初夏の陽気を存分に楽しむことが出来た。恋人はあいにく出勤日だったが、ランチを一緒にとって、そのあとは一人で緑の中をあちこち歩きまわった。

 電車に乗っていても、流れる景色の中で小さな滝や藍に咲く花群を捉えたりすることが出来る。
 自転車で路地を駆け抜けても、陽だまりに伸びるネコたちにはきちんと挨拶する。

 大丈夫、世界は美しい。
 と思う。


 疲れていると、食べられないものが増える。匂いが鼻について、つい遠ざけてしまうのだ。


 ああ、なんだ。
 やっぱり疲れていたんだな。