その肌が知らない痛覚

Nobody Knows


 押し黙るしかないような、そういう、沈黙から生まれる音楽がある。
 傷口からゆっくりと流れ出る血液のように、重く鈍く、そして奇妙に潔癖な音だ。

 何度も何度も繰り返して聴いたそれは、私もまたかつて流したはずの血液となって、私の中に還る。

 そうやって私は、私の過去を赦す。


 痛みへの感度は年を経るごとに磨り減ってはいるけれど。
 それでもあの音楽は、間違いなくひとつの祈りだったのだ。




 朝から起き出して、一人で映画を観に行った。

 去年のカンヌで、最年少主演男優賞受賞者を輩出した、ネグレクトを題材とした話題作。DVDが出てしまう前に、劇場で観たかったのだ。

 川内倫子独特の、どこか終末的な、ひんやりと蒼褪めた色調のスチール。台詞の少ない、ドキュメンタリーのように淡々と進む物語。強い瞳の少年。子供の肌の質感。夜明けの風。拙く古い匂いのするピアノの音色と、伸びやかな歌声。
 痛々しさと、いとおしさ。

 十何年も前に観た、『春にして君を想う』という映画を思い出した。

 二度も三度も見たい映画では決して無いが、なんらかの原風景のようにずっと心の中に残るのだろうと思う。
 そういう映画だった。